第二十三話 「大国主」(2)

写真  大己貴(おおなむち)神社 福岡県朝倉郡筑前町弥永 出典:同社HP

主祭神:大己貴命 後の大国主

○「出雲の国譲り」の真相

○大己貴命を祀る神社

1.「出雲の国譲り」の真相

『古事記』によると、高天原(たかまのはら)の女王アマテラスが豊葦原の水穂の國を我が子

天忍穂耳命に与えるため、大国主と平和裏に交渉するはずでした。

その後、理由は判然としませんが、高天原の女王アマテラスが豊葦原の水穂の国を天忍穂耳命

の御子瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に与えることに変更します。

何故豊葦原の水穂の国が対象になったのか、理由は不明です。

○第一回交渉の神

思金神の発案で「天菩比神(あめのほひのかみ 豊玉彦」を派遣しましたが、三年経ても復命し

ませんでした。

故百嶋氏や古川清久氏は

天菩比神=豊玉彦=杵築大社の祭主

天穂日命=大幡主またの名思兼神

とし、本来派遣される神ではありませんでした。

○第二回交渉の神

思金神の発案で「天津国玉神の御子天若日子(あめのわかひこ)」を派遣しましたが、大国主神

の娘下照比売(したてるひめ)を娶り、八年経ても復命しませんでした。

天若日子(天稚彦とも表記)は、大国主の娘で絶世の美女とも云われた下照姫を娶っているの

で、義父の大国主に国譲りを迫るはずもありません。

○第三回交渉の神

アマテラスの命を裏切った天若日子を成敗するために「雉子鳴女(きじのなきめ)」を派遣し、

弓矢を放ったところ、打ち返された矢で雉子鳴女は命を落とします。雉子鳴女に刺さった矢を天若

日子に打ち返したところ.命中し天若日子は亡くなりました。

夫の突然の死により、悲嘆に暮れる妻下照姫を宥めるため、弔問の使者として阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)ガ派遣されました。

妻下照姫は夫とうり二つの阿遅志貴高日子根神の姿に驚きます。

それもそのはずです。二人は同一人物ですから。

太安万侶は、この皮肉な場面を面白がっているように見えます。トリックスターの面目躍如です。

○最後の交渉の神

天之鳥船神を添えて、建雷神(たけみかづちのかみ)を派遣し、強硬に迫ったところ、大国主神は 「私でなく我が子八重事代主神がお答えします。」といって、即答を避けました。

八重事代主神は了解したものの、弟の建御名方神は抵抗の姿勢を示し、科野の国へ逃げました

があえなく建雷神に降りました。

終に大国主は抵抗を諦め、葦原の中つ国を尽くアマテラスに献上しました。ただし、条件として高

天原にカミムスヒ神の御祖がお住まいになるような宮殿の造営を願いでたところ、了承されまし

た。

以上が、『古事記』が記す「出雲国譲り神話」の概要です。

故百嶋氏は「出雲の国譲り神話」は太安万侶の創作と断じています。

登場する神々について、以下のように述べています。

・「天之忍穂耳命」はアマテラスの御子ではなく、多氏(おほし)統領草部吉見(かやべよし

み)。

・「天若日子」は彦火々出見命と豊玉姫の御子でまたの名阿遅志貴高日子根神、別称ウガヤフキアエ

ズで、妻は大己貴命と須勢理姫との御子下照姫。

・「天之鳥船神」は彦火々出見命。

・「建雷神(たけみかずちのかみ)」は大幡主。

・「八重事代主」は豊玉姫の御子事代主。

・「建御名方神」はスサノオの孫。

故百嶋氏によると、本来の神話は「大幡主による出雲国統治」と推測されます。

「出雲国の政治体制」は同国内の神社にみられます。頂点に立つ「熊野大社」の主祭神は熊野加武呂命(くまのかぶろのみこと)ことカミムスヒ神、白族統領大幡主です。

当時、杵築大社と呼ばれた後の出雲大社は熊野大社より序列が下位で主祭神は「大幡主の家臣大

国主」です。

故百嶋氏が推測する「出雲国の政治体制」

○祭主兼出雲国王  大幡主

○行政の長(出雲係と呼びます)水沼井神こと八束水臣津野命こと大国主

○軍事の長 太耳命こと淤美豆奴命こと天忍穂耳命

図 『出雲国』系譜 故百嶋由一郎氏作成

 

2.大己貴命を祀る神社

大己貴命は、九州に生を承け、青年期は「田神様(タノカンサー)」の継承者として成長して

いったようです。

既に触れましたが、「田神様』は、“大幡主と大山祇命の擬神体”と故百嶋氏は説

明しています。

「大幡主と大山祇命すなわち田神様の使命は、九州王朝を支えるための擬神体」となることで

した。

「出雲」という地名は、現在遺存していませんが、現在の飯塚市平塚(旧町名福岡県嘉穂郡筑穂

町出雲)に「出雲」地名がありました。

写真 「出雲」の交差点 出典:ブログ”ひぼろぎ逍遥”から転載

図 「出雲」周辺地図

故百嶋氏は講演会で、「出雲」という地名は大幡主別名埴安命の支配地と述べています。

この「出雲」という地の近くに大己貴命を祀る「大己貴神社」が存在します。また、同社の近く

には「田神社日隅宮(うずのみや)」が存在します。

・大己貴神社  福岡県朝倉郡筑前町(旧三輪町)弥永

主祭神:大己貴命

・田神社(日隅宮) 福岡県朝倉郡筑前町弥永

主祭神:田神様

両神社の関係は推測ですが「出雲の地を支配する大幡主が、田神様の後継者である大己貴命に

国譲りをした」場所ではないでしょうか。

したがって、新たな支配者となった大己貴命を祀るために大己貴神社が造営されたと推測しま

す。

図 田神社の新旧縁起

 

次回は「海幸彦と山幸彦」です。

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