第六十話  「垂仁天皇」(2)

写真 「宇佐のマチュピチュ(西椎屋の景) 出典:skyticket観光ガイド

独特な形の山とその手前に広がる棚田がマチュピチュを想起させます。

○生目入彦を祀る神社

○宇佐津彦を祀る神社

○生目入彦の系譜

○生目入彦のその後

1.生目入彦を祀る神社

生目(いきめ)神社  宮崎市大字生目(いくめ) 祭神:品陀和気命。

鎮座地周辺は豊前宇佐八幡宮の神領地である宮崎庄に含まれるため庄園の鎮守として八幡神を勧請したのがはじまりと考えられていますが、宇佐神宮が庄園を拡大した時期は10世紀以降で、当初の祭神は生目入彦と推測します。

なお「生目入彦」の名の由来は、「生目(いくめ)」は、目の下に入れ墨を施している人を指します。「入彦(にゅうひこ)」は九州王朝直属の家臣を意味します。

2.宇佐津彦を祀る神社

○宇佐神宮境内宇佐祖神社  宇佐市南宇佐

祭神:莵狭津彦命(うさつひこのみこと)

○柁鼻(かじはな)神社 宇佐市大字和気

合祀社に柁神命(かじかみのみこと=莵狭津彦命)として祀られています。同社の神社創

建と起源に「仲哀天王九年庚辰九月十日、神功皇后新羅征討ノ為、諸国ニ令シテ船舶ヲ集メ

給フ時、造船ヲ当タリテ御船ノ柁ヲ納メラレ祭祀ヲ行ヒシヲ創祀トスル神社ナリ」とあり、莵狭津彦は船の柁を納めたことから、柁神と呼ばれたと推測します。

図 柁鼻神社周辺地図 出典:ブログ「一つ上がりのカフエテラス」

写真 柁鼻神社 出典:ブログ「一つ上がりのカフエテラス」

次回は『古事記』のみが記す多遅摩毛理(たじまもり)の系譜です。

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