第二話 「高御産巣日神(たかむすひのかみ)」(1)

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○イスラエル系倭族「許氏」

○「大伽耶国」の版図

○朝鮮半島高霊から長崎県北高來郡に渡来、その後阿蘇へ進出

○高御産巣日神と大日孁貴(おおひるめむち)との通婚

1.イスラエル系倭族「許氏(きょし)」

  イスラエル系倭族とは、アレクサンドロ大王の遠征以後にイスラエルを脱出した部族です。

その後、中国に渡り倭人「ミャオ族」と呼ばれました。

紀元前3世紀頃、主人筋の同族「越智族金氏」を頼り、山島半島から韓半島に渡りました。

「越智族金氏」の一派である「金海(きめ)金氏」が擡頭し、およそ紀元2世紀初頭に国名を「辰国(じんこく)」から「金官伽耶国(きんかんかやこく)」に国名を改めたと推測されます。中国史書が記す「馬韓は古の辰国であり、現地では金官伽耶国」と呼ばれていました。

「金海金氏」は韓半島における支配を強化するため、ほぼ同時期に 金官伽耶の支配地を割いて順次、阿羅伽耶(あらかや)・古寧伽耶)こねいかや)・大伽耶(おおかや)・星山伽耶(せいざんかや)・小伽耶(しょうかや)の五カ国に分国し、各国の王は金官伽耶国王が任命しました。

大伽耶国の初代国王には「許氏」が任命されました。

2.「大伽耶国」の版図

現在の大邱市・高霊郡を取り囲む地域と推測します。

 

 

 

 

 

 

3.朝鮮半島高霊から長崎県北高來郡に渡来、その後阿蘇へ進出

九州移動した経緯は金官伽耶国王金越智の後を追い、有明海に面した北高来郡(きたたかくぐん)に上陸後、時を経て対岸の熊本に上陸後は阿蘇をめざし、阿蘇を支配していた阿蘇耳族を支配下に置きました。

その後は筑後へ進出しましたが、伝承によれば、阿倍丞相(あべのしょうじょう)こと後の開化天皇によって追い出されたようです。

なお、タカミムスヒ神の別名「高木神」は、初めて日本列島へ上陸した地名「高来(たかき)」に由来すると思われます。

 図2 長崎県旧北高來郡周辺地図 出典:Wikipedia(2021/09/24 21:50)

 

 

 

 

 

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